代表ご挨拶

わたしたちは 産後ケアのエキスパートとして 社会の発展に貢献する企業を目指しています


 

 「出産した女性だからこそ、そのパワーを社会で活かしさらに輝いてほしい」

 

 2010年に事業をスタートさせるにあたり強く感じたことです。

 

 産後の女性、子どもを持つ女性が、自分と向き合う場を持ち、自分を知り、認め、向上する。そして、社会との繋がりを通じて社会の一員であることに自信を持つ。環境が違う人達がお互いを尊重し、敬い、思いやりのある社会にしたい。それが私たちの願いです。 

 

 ビューティクルは、産後ケア事業およびフィットネス事業を主軸として、充実したワークライフのスタイリングを行っています。環境が違う人達が共に刺激し合い、成長できる社会となるよう新たなビジネスフィールドにもチャレンジしています。

 

 また、産後ケアのエキスパートとして、女性がいつまでも輝き続けられるように、そしてお客様にとって家族のような存在で支援し続けられるように、顧客満足度の高いサービスを追求して参ります。

 

株式会社ビューティクル

代表取締役


専業主婦が起業するまでの軌跡

 専業主婦になる夢を叶えた平凡な主婦が、結婚から10年後に起業することに。人生を大きく変えたきっかけ…それは出産でした。ビューティクル代表の谷藤里絵が、主婦から社長に転身するまでの軌跡をご紹介します。

 


●ネガティブ思考全開の独身時代

 

 10代の夢といえば「23歳~24歳の間に結婚し、悠々自適の専業主婦生活を送ること」。

 

 雲仙普賢岳噴火の影響で行きたい学校に行けず、制服が可愛くて、家から近い高校を選び入学。

 その後、父親の転勤により高3で佐世保市の高校に転入しました。

 

 高校卒業後は販売職に就くものの、自分のやりたいことが見つけられずに自分の人生から逃げてばかりの毎日でした。中途半端で、誰かのせいにして、ネガティブ思考で、人間関係にも嫌気がさし…プチうつ状態で過ごした10代後半から20代前半。「専業主婦」に憧れ夢見ていた若き時代です。 

●計画どおり!夢の専業主婦生活がスタート

 

 義母に反対されながら23歳で結婚。

福岡と東京で2回結婚式を挙げたけれども、東京での披露宴では高熱を出し、記憶がほとんど無いに等しい・・・。

 夫は転勤の多い仕事だったため、自分は退職して憧れの「専業主婦生活」がスタートしました。

当分は子供も作らずに2人の時間を楽しもう!と、張り切って旅行などを計画した矢先に、まさかの妊娠発覚!

●こんなはずじゃなかった…妊娠・出産・産後

 妊娠を喜び、家族が増える楽しみでいっぱいの中、ここでもまさかの「切迫早産」と診断され、即入院して出産日まで24時間点滴の絶対安静が言い渡されました。

 そして33週で1770gの未熟児の第一子を出産。 第二子妊娠中も子宮口を縛る手術を行い、再び絶対安静の入院生活を余儀なくされました。 

 

 出産後、NICUに入院中の子供の為に小児科の医師には「毎日母乳を飲ませに通って下さい!」と言われる反面、産婦人科の医師には「とにかく家で横になった安静生活を送ってください!」と真逆な事を言われ、「???!?」状態。思い通りに動かない体の苛立ちもあり医師にチョイギレしたことも。

 

 寝たきり入院生活だった為に脚力は落ち10m歩くのもやっとで、2001~2005年はボロボロの体を引きずりながら母、妻、嫁を必死でこなしていました。

 

 

●産んで、生まれた、新たな「わたし」

 出産前後は「なぜ私が入院?健康なのになぜ?私は誰の為に生きてるの?神様の意地悪~(涙)」と、得意の「何のせい?誰のせい?」が炸裂。自問自答そして自己嫌悪の日々。

 

 「こんな風に、出産後に悩んでいるのは自分だけではないはず!」と、産後の心と体について情報収集しても、産後の情報はほとんど得られず撃沈。「だったら自分で構築しよう!」と、次女が幼稚園に入園したと当時に行動を開始しました。

 

 幼稚園の預り延長システムをフル活用し、妊娠中、産後の心・脳・体についてとにかく勉強の日々。

子供たちの「預り保育が嫌だ!」の声に耳を塞ぎ、約2年間、沢山の人の協力を得て勉強に没頭させてもらいました。 学びを深めていくごとに、人が喜ぶことがしたい!笑顔になる姿が見たい!自分の心の奥底に潜在していた真の欲求がフツフツと浮上し、ようやく自分にも「人のためにできること・したいこと」という人生の大きな目標を見出すことができました。

 

 この行動と思考の変化は、これまでのネガティブな自分では考えられない変化。出産して、子供というかけがえのない存在ができたことで、第二の人生がスタートしたのです。

 

 

●自分自身をやっと好きになれた現在

 勉強中はNPO団体に所属し、産後ケアのインストラクターとして活動を開始。

 出産した女性がみるみるキレイになり、不調から解放されて「本当に良かった!ありがとうございます」という声がますます私の活力となりました。

 元気になり活き活きと人生を楽しみ、新たなことにチャレンジしていく女性達を間近で見ていたら、「その先の支援もしたい」という思いが強くなっていきました。

 

 その後団体を卒業し、キャリアカウンセラー養成スクールに通学しながら、体や食のこと、そして病気や薬のこと、さらにはコミュニケーションについてなど、さまざまなことを夢中で学びながら、フリーで一年間活動を続けました。

 

 そしてようやく自分がやりたい本当にやりたいこと、「産後ケアとその先の支援」のイメージが明確になり、自分自身とも素直に向き合えるようになった2010年5月、株式会社ビューティクルを設立しました。

 

 

●転機となったきっかけ

 専業主婦を夢見ていた私が、実際に専業主婦になってから”自分”という存在が見えなくなった時、「自分の居場所をしっかり持たなければ!」と焦りました。

 

 次女を出産してすぐに二世帯同居生活がスタート。嫁姑問題で悩み、「もう無理。ここでは生活できない、自分が壊れてしまう…」と、離婚の二文字が頭によぎりました。

 主人に不満があったわけではなく、置かれている環境に限界を感じたのです。

 離婚は簡単なことではなく、子供の問題、生活資金など、ちょっと考えただけでも沢山の大きな壁が目の前に立ちはだかりました。当然、すぐに離婚などできるわけがなく、「もう少し我慢して経済力をつけよう」と思ったのが、皮肉にも仕事をしようと思ったきっかけでした。

 

 自らの辛い経験をきっかけに産後の女性の心・脳・体について学ぶうちに、「離婚」が頭によぎったのは産後の環境と脳のメカニズムによるものだということがわかりました。たくさんの人の協力を得て、感謝の気持ちも自然に持てるようになり、「なぜ離婚しようなんて思ったのかしら」と不思議になるくらい、落ち着きを取り戻しました。

 そして実は、嫁姑問題で悩んでいた私の仕事を一番に応援してくれる良き理解者は姑でした。それは当時も今も変わりません。姑がいなかったら今の私はいないと思います。そう考えると、過去の辛い経験もすべて今につながっているとしみじみ感じます。無駄なことなんて、本当にひとつもない!と。

 

 当時の私と同じように、産後の環境と心、脳、体の劇的な変化の中で、もがき悩み苦しんでいる女性を助けたい、背中を押したい、導いてあげたいという思いの強さはずっと変わりません。

自分が夢中で打ち込めること…仕事、趣味、ボランティアなど、出産した女性には自分だけの世界をもって、認められる喜びを感じてほしい。それが私の願いでもあります。

 

 自分を認められるようになると、色んな悩みがちっぽけな事に感じて、気にならなくなるから。

 これを読んでくださったあなたが、今日の自分より、さらに明日の自分を好きになりますように…

 

(株)ビューティクル 

 

代表取締役 谷藤里絵